Share

第二話 まさかの離婚届

Author: 柳アトム
last update Last Updated: 2025-07-04 04:20:34

 私は夕食の支度をしながら、宗司にどう妊娠を知らせようかとワクワクした。

 宗司が帰宅したら、まずは食卓に座ってもらおう。

 そして「話があるの」と切り出し、レディースクリニックでもらった「妊娠届出書」をテーブルの上に取り出し、彼に見せよう。

 私はそう考え、プラン実行に向け、夕食の支度に勤しんだ。

 きっと宗司は驚くだろう。

 まさか私が妊娠するなんて。

 そう思うに違いない。

 でも、彼はきっと喜んでくれる。

 私はそう信じて疑わなかった。

 なぜなら最近の私たちは、なんだかとても「良い雰囲気」だったから───。

 * * *

 三年という期間限定で始まった偽装結婚だったが、文字通り一つ屋根の下で寝食を共にすると、次第にお互いの距離が近づいた。

 夫の宗司は、最初はとても冷たかった。

 しかし、今はとても親しくしてくれて、会社に行く時は「行ってくる」と声を掛けてくれるし、帰ってきたら「ただいま」と言ってくれる。

 夫婦なら当たり前のこうした言葉のやり取りも、結婚した当初の私たちにはなかったのだ。

 それが今では私が夕食を作ると「美味しい」と言って食べてくれる。

 洗濯や家の掃除をすると、最初は「そんなことはしなくていい。俺たちは本当の夫婦じゃないんだ」と冷たかったが、今では「ありがとう」とお礼を言ってくれる。

 下着を私に洗濯されるのは今でも少し恥ずかしいようだけど、それでも徐々にこうしたことも任せてもらえるようになった。

 まるで本当の夫婦の様に───。

 だから大丈夫。

 私は自分に言い聞かせる。

 宗司はきっと喜んでくれるはず。

 * * *

 夕食の支度を整えた私は宗司の帰りを待った。

 しかし、二十一時を過ぎても宗司は帰宅しなかった。

 でも、これはよくある事。

 宗司は父親の跡を継ぎ、大手企業の杵島グループの社長に就任したばかり。

 日々多忙で、帰りが日付を跨ぐこともあれば、会社に泊まり込むことも珍しくない。

 私は辛抱強く彼の帰りを待った。

 しかし、その後、二十二時を過ぎても宗司は帰らず、二十三時も過ぎてしまった。

 私は眠気に襲われ、ついウトウトとし始めたが、その頃になってようやく車の音が聞こえてきた。

 宗司の車の音だ。帰ってきた。

 私は慌てて玄関に向かう。

 私が玄関の前に立つと、しばらくして宗司がドアを開けて入ってきた。

 私は弾む声で「お帰り!」と出迎えた。

 しかし、そんな私に宗司は「ただいま」も言わず、開口一番に「まだ起きていたのか?」と言い放った。

 少し不機嫌そうな語気に私はやや怯んだが「今日は話したいことがあって……。だから帰ってくるのを待っていたの」と伝えた。

 私は宗司の反応に期待しつつ、彼の言葉を待ったが、宗司は「俺も話がある」とのことだった。

 私は疑問に思う。

 宗司が私に話? なんだろう?

 そのことが気になったので、私は自分が妊娠したことを早く伝えたかったが、まずは彼の話を聞こうと「宗司さんからどうぞ」と先を譲った。

 すると宗司は一通の書類を取り出し、私に突き付けた。

「これにサインしてくれ」

 そう言われて私は書類を受け取ると、それが何の書類であるかを確認する。

「───え? これって……」

 私は目を疑った。

 書類に書かれていた文字はそれほどまでに衝撃的だった。

「離婚届だ。俺の名前はもう書いてある。あとは充希がサインするだけだ」

 * * *

 突然の出来事に私は取り乱す。

「ど、どうして!? どうして離婚なんて突然───!?」

 訳が分からず私は狼狽えた。

「彩寧(あやね)が戻った」

「……え───?」

 宗司の口から出された名前に私は目を見開く。

「あ、彩寧が戻った……? ど、どうして……?」

 * * *

 私の父・大和田 毅(おおわだ つよし)は大手企業の大和田グループの社長だ。

 父はかつて私の産みの母である忽那 碧(くつな みどり)と相思相愛で、大恋愛の末、結婚前に私を儲けていた。

 母・忽那 碧の妊娠が判明した時、父は母との結婚を望んだが、二人の結婚は許されなかった。

 大手企業の次期社長だった父は、母の家柄が父と釣り合っていないと周囲から結婚を反対されたのだ。

 父は結婚を認めてもらおうと、一年近く周囲を説得し続けたが、いよいよ私が産まれても父と母の結婚は許されなかった。

 ついに父は次期社長の座を捨てて母と一緒になることを決意する。

 しかし、それは私の母───つまり忽那 碧に止められた。

 私の母は父が将来を捨ててまで自分を選ぼうとする姿が辛かったのだという。

 自らが重荷となることに責任を感じた母は、父に別れ話を申し入れ、二人は熟慮の末、別々の道を歩むことを選択した。

 そして私は母ではなく、父に引き取られた。

 父が私を引き取ると宣言すると、周囲は猛烈に反対した。

 しかし父は私を引き取ることだけは絶対に譲らなかった。

 それは愛した女性と結婚できなかった父の、最後の抵抗で、そして意地だった。

 周囲はやむを得ず父が私を引き取ることを了承した。

 その後、父は周囲の勧めで旧華族家の篠原 真紗代(しのはら まさよ)と結婚し、そして二人の間に娘が誕生した。

 こうして私には「腹違いの妹」ができた。

 それが彩寧だった───。

 そしてそんな彩寧と宗司は、短い期間だったが交際をしていた。

 それは大和田グループと杵島グループの絆を深めようと、政略結婚の話が持ち上がった時の事だった。

 その際、彩寧の母・真紗代は、自分の娘を結婚させようと、彩寧を宗司に猛烈にプッシュしたのだ。

 その甲斐があって、彩寧と宗司は交際を始めた。

 しかし、その直後に事件が起こる───。

 それは私の父・大和田 毅と真紗代の離婚騒動だった。

 彩寧の母・真紗代は派手好きの浪費家で、ホストクラブに通ったりと男遊びも盛んだった。

 そこまでは看過の範疇だったが、しかしついに浮気までしていたことが発覚し、ついに父から離婚を言い渡され、大和田家を去ることになったのだ。

 その際、彩寧も真紗代に引き取られ、それと同時に彩寧と宗司の交際も終了していた。

 そしてその後、私の父と宗司のお父様が、今一度、政略結婚について話し合い、私が宗司と結婚することになったのだが、あれから二年───。

 彩寧の姿を見ることは一度もなかった。

 それなのになぜ、今になって彩寧が突然戻ったのか?

 私は離婚届と彩寧の登場に、頭がパニック寸前になった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 『ふたつの鼓動が気づくまで』 双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました   第六話 見知らぬ天井

     私が目を覚ますと、視線の先には見知らぬ天井があった。「あれ? ここは……?」 私がそう思うと同時に「やっと目が覚めた?」と声をかけられた。 声の方に顔を向けると、そこには腕を組んで仁王立ちした幸恵が私を睨んでいた。 眉間に皺を寄せ、口はへの時に曲がり、かなり怒っている様子だった。「ここは隣町の総合病院よ。充希はお腹の痛みを訴えて意識を失ったの。自分が救急車でここに運ばれたのを覚えてる?」 やや詰問気味にそう問われた私は「なんとなく……」と返事をした。「もう! 本当に心配したんだから! 充希の身体はもうあなた一人の身体じゃないのよ! もっとその事をちゃんと自覚してちょうだい!」 幸恵は本当に怒っていた。 かなりの剣幕でまくしたてられたが、私は萎縮はしなかった。 何故ならそれは───幸恵がこんなにも本気で怒っているのは、私のことを本当に心配してくれているからだとわかっていたからだ。 その為、私は幸恵がそうやって怒ってくれる事を嬉しく思った。 そして「うん。本当にごめんね」と謝ると、それと同時に涙が溢れ、私は子供のように泣きじゃくった。 ※ ※ ※「しかし、本当によく寝ていたわね」 幸恵は呆れ気味だった。「私はどれくらい寝ていたの?」 私はさんざん大泣きしたが、ようやく落ち着きを取り戻していた。「倒れて救急車で運ばれたのが十四時頃。そして今はもうすぐ十六時よ。 言っとくけど二時間しか経ってないんじゃないからね。丸一日が経過した十六時だからね」 そう言われて私は、自分が二十四時間以上も眠り続けていたことに驚いた。「それよりお腹はどう? まだ痛む?」 幸恵は心配そうに尋ねてくれた。 そして私はそのことを思い出し、自分のお腹を確かめた。「───大丈夫。もう痛くない」 私がそう答えると、幸恵は我が事のように安心してくれた。「念の為、後で検査をしてもらいましょうね。 それより、充希。何があったの? どうしてあんな状態でふらふらと彷徨っていたの? 宗司の会社に行って、本人に会えたの? 話をしたの?」 矢継ぎ早に幸恵に捲し立てられたが、私はあることに気付いた。「幸恵、ごめん。私───喉が渇いたかも。それと───それと私、すごくお腹が減ってるかもしれない。何か食べたいわ」 それを聞いた幸恵は目を丸くしたが、次に破顔一笑した。

  • 『ふたつの鼓動が気づくまで』 双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました   第五話 双子の危機

    「充希ッ!」 そう呼ばれた私は顔を上げる。 ……あれ? ここはどこだっけ? 私は瞬間的に、今、自分がどこにいるのかがわからなくなっていた。 私は───家に帰って……。 そして離婚届にサインをして家を飛び出して───。 どこに向かっているんだっけ? どこに行けばいいんだっけ? 私はどこになら行くことができるんだっけ? ダメだ……。 考えられない……。「充希ッ!」 私は再びそう呼ばれる。 相手を見ると、それは幸恵だった。 ああ……。幸恵だ。 中学からの友達。 すぐに仲良くなって私たちは親友と呼び合った。 高校でもずっと一緒だった。 幸恵がいると安心する。  幸恵は私の肩をしっかり掴み、真正面から私の顔を覗いた。 私も震える手で幸恵の両手に手をかけた。 その瞬間、幸恵が歪み、ゆらゆらと揺らめき始めた。 正確には私の目に涙が溢れ、視界が歪んだのだ。「幸恵……」 親友の名前を呟くと、その後、私は声にならない嗚咽で喉を詰まらせ、何も喋れなくなった。「どうしたの、充希ッ! やっぱり心配で様子を見に来たのだけど、あなた、顔が真っ青よッ!? 宗司と一体、何を話し合ったのッ!?」 幸恵は私の肩を揺する。 力なく私の頭はガクガクと揺れた。 宗司……。今、幸恵はその人の名前を口にしただろうか……? その名前……。 その人の名前……。 今はその人の名前を聞くと、胸が張り裂けそうに痛くなる。 痛い……。 本当に痛い……。 おかしい……。 体がおかしい……。痛い。本当に痛い……。 私はその場に蹲り、お腹を抱えた。「痛い……。幸恵……。お腹が痛い……。お腹が……子供たちが……。助けて」 顔は見えなかったが、幸恵が息をのみ、目を丸くしたことが如実に伝わった。「すみませんッ! 救急車をお願いしますッ! 妊婦が───私の親友がお腹の痛みを訴えているんですッ!」 幸恵がスマホで救急車を呼んでいる。 程なく救急車が到着し、私は病院に運ばれるだろう。 救急隊員の方や、病院に勤める医療関係者の方にお手数をおかけして申し訳ない。 そんな罪悪感があったが、私は安堵感も覚えていた。 病院なら安心。 病院に行けば医師や看護師の皆さんに診てもらえる。 そう考えた私は、眠りに落ちるように急速に意識が遠のき始めた。 幸恵が私の名

  • 『ふたつの鼓動が気づくまで』 双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました   第四話 社長の葛藤(side:宗司)

     俺の父・杵島 巧三が興した我が杵島グループは、今では国内を代表する大手企業だ。  その父の後を継ぎ、社長に就任した俺の責務はとても重い。 我が社は、世界的にも高いシェアを誇る有名企業だが、国内にはシェアを二分するライバル企業の大和田グループが存在する。  これまではお互いにシェアを競い、激しく争っていたが今や時代はグローバル社会。  目を向けるべきは世界であって、国内で争っている場合じゃない。  事実、我々がそうした争いをしている間に海外企業の台頭を許してしまった。  そういった事態に陥った時、大和田グループの社長令嬢と俺の政略結婚の話が持ち上がった。  お互いの絆を深め、協力して海外企業の脅威に対抗しようという目論見だ。 今時、政略結婚など時代錯誤も甚だしいが、理屈で考えれば正しい判断だ。  我が社と大和田グループの利益は国益にもつながる。両企業はそれ程までに影響力のある企業グループだ。  ここで俺が子供じみた駄々をこね、結婚を拒否すべきではないだろう。  * * * 大和田家には二人の令嬢がいた。 姉の充希と、妹の彩寧だ。 政略結婚となれば長女である充希が選ばれるかと思ったが、意外にも妹の彩寧が選ばれた。 大和田グループ社長・大和田 毅の正妻は大和田 真沙代だが、どうやら充希は真沙代の実の娘ではないという事情があるようだ。 まあ、そういった事情など、どうでもいい。  俺は彩寧との交際をスタートさせた。 俺と彩寧は、初対面ではない。  彩寧は同じ中高一貫校の二年後輩で、同じ剣道部に所属していた旧知だった。 学生の頃から彩寧は俺に好意を示し、よく話しかけてきていた。  その為、今回、政略結婚で俺との交際が決まると、喜びをあらわにしていた。  俺はそこまで乗り気ではなかったが、最低限の付き合いには応じるつもりだった。 しかし、その矢先───。 大和田家に騒動があり、大和田 毅と大和田 真紗代が離婚した。  理由は多くは語られなかったが、真紗代の浮気が原因ともっぱらの噂だった。  真紗代は大和田家を去り、その際、彩寧も母に連れられて大和田家を去った。  そして、俺と彩寧の交際もご破算となった。 これで時代錯誤の政略結婚は白紙撤回となるかと思われたが、妹が駄目なら姉と結婚しろと、今度は充希との結婚話が持ち上がった

  • 『ふたつの鼓動が気づくまで』 双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました   第三話 決定的現場を目撃

     翌日、私はレディースクリニックを訪れ、診察を受けていた。 離婚と彩寧の登場という二つの衝撃的な出来事で一睡もできず、心なしかお腹に痛みがあるように思えたからだ。 私は親友で、担当医でもある幸恵に連絡をした。  幸恵は、今日はクリニックの勤務が休みだったが、すぐに駆けつけてくれた。  そして私のお腹にエコーを当てて、子供たちの様子を確認してくれた。「大丈夫よ。二人ともなんともないわ。でもね、妊娠初期の妊婦にストレスと不眠は大敵よ。充希はもともと妊娠が難しい体質だから、もし流産なんてしたら大変よ。もう二度と子供ができなくなる可能性だってあるんだから、くれぐれも注意してね」 検査を終えた私と幸恵はクリニックの近くにあるカフェテリアに入った。「それで、その後、宗司とは何も話をしてないのね?」 幸恵の追及に私はコクンと頷く。「それっきり宗司さんは部屋に籠ってしまって……。今朝も早くから会社に行ってしまったわ。……私とは一言も喋らず……」 私がギュッとドリンクのカップを握って悲しむと、幸恵は「おのれ、宗司め~っ!」と怒りを露わにした。 そして「充希を悲しませるなんて絶対に許せない! 今すぐその性根を叩き直してやる!」と息巻いた。 幸恵は、宗司に対して態度が厳しいが、それには理由があった。 実は私と幸恵、そして宗司の三人は同じ中高一貫校の同級生だったのだ。 しかも幸恵と宗司は同じ剣道部で、幸恵が部長、そして宗司が副部長で、二人は旧知の間柄だったのだ。 私は今にも飛び出しそうな幸恵の手をとって、まずは落ち着いてもらおうとなだめた。 幸恵は私に手を握られると、深いため息をつきつつ、私の手を握り返してくれた。「そうね。私の方が興奮しちゃ駄目ね。一旦、落ち着くわ」 私は幸恵が落ち着いてくれて安心した。「それで? どうするの?」 落ち着いた幸恵は私を心配して尋ねてくれた。 私は色々悩んだが、やはり宗司と話をしないことにはどうにもならないと考え、その旨を幸恵に伝えた。  その考えに、幸恵は賛同してくれた。「そうね。一人で悩んでいたってしょうがないものね。  わかったわ。幸いお腹の子供たちは大丈夫だから、途中で転んだりしないよう気を付けるなら、宗司の会社に行くことを許可してあげるわ」 幸恵は私の担当医っぽく、意図的に偉そうな言い方で冗談めか

  • 『ふたつの鼓動が気づくまで』 双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました   第二話 まさかの離婚届

     私は夕食の支度をしながら、宗司にどう妊娠を知らせようかとワクワクした。  宗司が帰宅したら、まずは食卓に座ってもらおう。  そして「話があるの」と切り出し、レディースクリニックでもらった「妊娠届出書」をテーブルの上に取り出し、彼に見せよう。 私はそう考え、プラン実行に向け、夕食の支度に勤しんだ。 きっと宗司は驚くだろう。  まさか私が妊娠するなんて。  そう思うに違いない。  でも、彼はきっと喜んでくれる。  私はそう信じて疑わなかった。  なぜなら最近の私たちは、なんだかとても「良い雰囲気」だったから───。  * * * 三年という期間限定で始まった偽装結婚だったが、文字通り一つ屋根の下で寝食を共にすると、次第にお互いの距離が近づいた。  夫の宗司は、最初はとても冷たかった。  しかし、今はとても親しくしてくれて、会社に行く時は「行ってくる」と声を掛けてくれるし、帰ってきたら「ただいま」と言ってくれる。 夫婦なら当たり前のこうした言葉のやり取りも、結婚した当初の私たちにはなかったのだ。 それが今では私が夕食を作ると「美味しい」と言って食べてくれる。  洗濯や家の掃除をすると、最初は「そんなことはしなくていい。俺たちは本当の夫婦じゃないんだ」と冷たかったが、今では「ありがとう」とお礼を言ってくれる。  下着を私に洗濯されるのは今でも少し恥ずかしいようだけど、それでも徐々にこうしたことも任せてもらえるようになった。  まるで本当の夫婦の様に───。 だから大丈夫。  私は自分に言い聞かせる。  宗司はきっと喜んでくれるはず。  * * * 夕食の支度を整えた私は宗司の帰りを待った。 しかし、二十一時を過ぎても宗司は帰宅しなかった。 でも、これはよくある事。  宗司は父親の跡を継ぎ、大手企業の杵島グループの社長に就任したばかり。  日々多忙で、帰りが日付を跨ぐこともあれば、会社に泊まり込むことも珍しくない。 私は辛抱強く彼の帰りを待った。 しかし、その後、二十二時を過ぎても宗司は帰らず、二十三時も過ぎてしまった。 私は眠気に襲われ、ついウトウトとし始めたが、その頃になってようやく車の音が聞こえてきた。 宗司の車の音だ。帰ってきた。  私は慌てて玄関に向かう。 私

  • 『ふたつの鼓動が気づくまで』 双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました   第一話 私の妊娠が発覚する

    「杵島 充希(きじま みつき)さん。どうぞお入りください」 レディースクリニックの係の方に、そう呼ばれた私は診察室に入る。 診察室では産婦人科医で、私の親友でもある藤堂 幸恵(とうどう さちえ)が険しい顔でパソコンのモニターを睨んでいた。 幸恵が見ているのは私の妊娠についての検査結果だ。 私は幸恵の表情の厳しさに緊張し、彼女を刺激しないよう静かに椅子に腰を下ろすと、検査結果が告げられるのをじっと待った。 やがて幸恵は険しい表情のまま、ゆっくりと私に向き直る。「間違いないわね。充希、あなた妊娠しているわよ」 幸恵にそう告げられた私は、喜びの表情がパッと花開いたが、次の瞬間、その笑顔は急速にしぼんでいった。 何故なら、私には妊娠を素直に喜べない事情があったからだ。 * * * 私こと杵島 充希は、結婚前の旧姓は大和田 充希で、国内を代表する大手企業・大和田グループの社長の長女だった。 そして私は大和田グループとシェアを二分するライバル企業である杵島グループの社長・杵島 宗司(きじま そうじ)と結婚をしていた。 しかし、この結婚は偽装結婚で、三年間という期間限定で離婚する「白い結婚」だった。 そもそもこの結婚自体が両社の絆を深める為の政略結婚だったのだが、夫の宗司が、そうした本人が望まない結婚はすべきではないという考えで、私に偽装結婚───それも三年という期間限定で離婚する「白い結婚」を提案してきたのだ。 そして期限である三年は、すでに二年が経過していた。 つまり私は来年、離婚をする。 そんな私が妊娠をしたことは、由々しき事態だった。 担当医の幸恵は私の結婚が偽装結婚だということを知っていた。 なぜなら私が、親友でもある彼女にそのことを相談していたからだ。 その為、幸恵は引き続き険しい顔で私を問い詰めてきた。「充希、あなたの結婚って偽装結婚で、三年で離婚する期間限定の「白い結婚」だったわよね?」 幸恵の圧力は大きかった。 私は親に叱られる子供のように「はい。そうです」としか答えられなかった。「じゃあ、なんで妊娠してるの? 「白い結婚」の誓いはどうしたのよ?」 そう問い詰められた私は「それは……」と口ごもる。 すると幸恵はある考えに行き着いたようで「ま、まさかっ……!?」と目を見開いた。 私は幸恵が何を思ったのかをすぐに

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status